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人に対して寛容になるには?広い心を持つにはどうしたらいいか?

人に対して寛容な心を手に入れたい。
もっと広い心を持ちたい。

そう思った時、どうしたらいいでしょう?

どうやったら寛容な心が手に入るのか?今日はその方法について見てゆきたいと思います。

目次

人は自分に求めていることを他人にも求めてしまう

人は、無意識のうちに自分に対して求めていることと同じことを他人にも求めてしまう・・・そんな特徴があります。

例えば、どんな人に対しても丁寧に接しなければならない・・ということを自分に求めていた場合、もしくは、自分にそうすることを課していた場合、人に対して丁寧に接しようとしない人に腹が立ったりします。

不思議なもので、心の勉強をして色々な考え方を学んでゆく過程で、人にどんどん厳しい自分になってしまう・・ということが起こったりします。

本来であれば、心の勉強をすることでもっと人に寛容になれたり、人に優しくなれるはず・・だと思うんですね。

でも、反対のことが起こったりする。

それは何故かと言うと、例えば「不平不満・愚痴を言うと幸せが逃げていってしまう」という考え方に共感して、そうだ、不平不満、愚痴は言わないようにしようと心に決めたとします。

不平不満、愚痴を言わないことはいいことだと思うんですね。

ただ、自分に不平不満、愚痴を言うことを「禁止」しようとすると、不平不満、愚痴を言う人が許せなくなったりします。

それは、自分に禁じていることを他人がやってしまっているからです

人は自分に求めていることを、他人にも求めてしまう・・そんな性質があるようです。

だから、自分に何かを禁止すると、他人にも同じことを求めてしまうので、それを平気でやっている人が許せなくなってしまいます。

心の勉強をするのは素晴らしいことだと思うのですが、自分に何かを禁止するやり方だと、他人にどんどん厳しい自分になってしまったり、嫌いな人が増えてしまったり・・といったことが起こりやすくなります。

自分を許すと、他人も許せる

じゃあ、どうしたらいいのか?
どうしたら、他人に寛容になれるのか?

ということですが、他人に寛容になるためには、まず、自分自身に対して寛容になる必要があると思います。

人は自分にしていることを他人にもしようとするから、です。

言い方を変えると、自分のことを許せば許すほど、他人のことも許せる自分になってゆきます。

だから、できる範囲で今まで自分の許せなかった部分を許してゆくようにすると、その自分を許すという行為が他人に優しい自分にしてくれます。

例えば、休日を寝て過ごしてしまった自分を「せっかくの休日を寝て過ごしてしまった(何をやっているんだ自分は・・)」と思うことは、休日を寝て過ごした自分を許していないことになります。

こんな時、「今週は仕事が沢山あって、疲れたんだよね。たまには休日を寝て過ごすのもいいよ。」と許してみると、例えば、家族がせっかくの休日に家でゴロゴロしていても、笑顔で許せるようになったりします。

でも、例えば、自分の欠点を直したい時はどうしたらいいでしょうか?

自分を許す習慣がなかった人の場合、まず、自分を責めると思うんですね。①自分の欠点を責めて、その上で②直そうとすると思うんです。

だけど、それをやってしまうと、先ほどの話と一緒で、同じような点がある人のことが許せなくなってしまう。

じゃあ、こんな時はどうしたらいいか?というと、まず、①自分を許した上で、②直そうとすると、他人に厳しい自分にならずに済みます。

例えば、すぐイライラしてしまう自分を直したいと思った時は、「すぐにイライラして、大人気ないな」と自分を責めるのではなく「自分にも何か(イライラしてしまった理由や)事情があったのかも知れないな」と自分を一旦許してみます。

例えば、「仕事がたまっていて、心の余裕がなかったんだよね」と自分の事情を理解しようとしてみる。そうやって、自分をまず一旦許した上で、「じゃあ、次からはどうしたらいいかな?」と考えてみると、人に厳しくならずに、自分の欠点を直してゆけます。

これが、自分を責める→自分を直す・・の順番になってしまうと、同じようにイライラしやすい人のことが嫌いになったり、許せなくなってしまいます。

まず、自分を許すこと。それが他人に寛容になるためにはどうしても必要なことのようです。

心の余裕が他人に寛容な自分にしてくれる

例えば、好きだった人が自分のことを好きだと知った日、嬉しくて、何を言われても「はいはい」「いいよいいよ」と何でも許せたりするかも知れません。

だけど、体調が悪い日は、ちょっとしたことで人にイライラしてしまったりすることもあると思うんですね。

これは何が違うかと言うと「心の余裕」があるかないか、だと思うんです。

心の余裕が他人に寛容な自分にしてくれる・・ということはよくあります。

だから、他人に寛容な自分になりたいと思った時は、イライラしない方法を考えたりするのも大事だと思うのですが、そういったことをしなくても、自分の心に余裕を作るようにしてゆけば、自然と他人に寛容な自分になれるかも、知れません。

心に余裕を作るといっても、色々なやり方があります。

例えば、仕事で疲れているような時は心にも余裕がない状態ですから、思い切って休んでみるのもいいかも知れません。

心の余裕というのは、「嬉しい、楽しい、幸せ」といったプラスの感情を感じている時にも生まれるものなので、自分が「嬉しいなぁ」と思うこと、「楽しいなぁ」と思うことや「幸せだなぁ」と思う何かをやってみるのもおすすめです。

それは大きな何かではなくてもちょっとしたことでもいいと思うんです。

ちょっとした「楽しい」「嬉しい」「幸せ」を積み重ねてゆくというか。

大きな幸せというのは、見つけるのがなかなか大変だと思うんですね。ただ、小さな幸せであれば、日常の中にもあるかも知れません。

そういった小さな幸せを拾ってゆくことが、自分の心の余裕につながってゆくように思います。

マナーの悪い人に寛容になるには?

では、例えば、マナーの悪い人に対して寛容になるにはどうしたらいいでしょうか?

この場合も、自分を許すことで、寛容な心が手に入ることがあります。

自分を許すということですが、マナーが悪いなと思った時点で、恐らく自分ではそういったことはしていないと思うんですね。

じゃあ、自分の何を許すかといったら、1つの方法としては「(程度の差はあっても)昔の自分もどこかでマナー違反になるようなことをしていたかも知れないな。」と過去の自分を許してみます。

マナー違反の話とは少し違いますが、人の批判をする人が許せない時、自分も過去に人を批判していたことがあったかもなと考えてみて、その批判をしていた自分を許してみると、人の批判をする人が気にならなくなることがあります。

それと一緒だと思うんです。

マナーの悪い人に対して寛容になるもう1つの方法は、自分がイライラしなくて済むような答えを出してみるということです。

例えば、割り込みをする人が気になった時、「何だアイツ、マナー悪いな」と考えると、イライラしてくると思うんですね。

でも、例えば「割り込みが悪いことだとわからないのだから、ひどい育てられ方をしたのかも知れないな」と考えてみると、イライラではなく「かわいそうに」という気持ちになるかも知れません。

そんな風にして、自分がイライラしなくて済むような答えを探そうとしてみると、心が落ち着いてきて「まぁいいか」と寛容になれるかも知れません。

「寛容になれない」と葛藤することで心は成長する

最後に、寛容になりたいのに、ついイライラしてしまうとか、同じことを何度も考えて執着してしまう・・・そんなこともあるかも知れません。

だけど、寛容になれないことがあったっていいと思うんですね。
イライラしたっていい。

そういう時があってもいいと思います。

だけど、それでも寛容になりたいと思ったことやその中で葛藤することこそが何より大事なことなのだと思います。

人の心はどうも、葛藤することで成長するようにできているようです。

だから、葛藤している時は、自分が成長している時でもあって。

だから、悩んだり、葛藤することは、決して悪いことばかりではないのかも知れません。

最後まで記事をお読みいただいて、ありがとうございました。