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自分に後悔して、自己嫌悪に陥った時に考えたい5つのこと

自己嫌悪については前回、後悔と自己嫌悪を繰り返す自分を変える1つの方法という記事を書かせていただきました。

今回は、自分がしたことに対して後悔して、そして、自己嫌悪に陥った時はどうしたらいいか?
どうやったら、そこから抜け出すことができるか?
何をどう考えたら、自分の気持ちが前向きになるか?

といったことについてご紹介したいと思います。

目次

自己嫌悪に陥ることが多い人は、自分を大きく成長させる力のある人

「何であんなことを言っちゃったんだろう」
「自分はダメな奴だな」

そんな風にひどく後悔して自己嫌悪に陥ってしまう時もあるかも知れません。

ただ、そんな時に考えてもらいたいことが1つあります。

それは、大きく成長してゆく人の多くは、実は自己嫌悪に陥ることが多い人でもあるということです。

例えば、特定の分野、業界で大きく活躍している人の話を聞くと、意外なことに自己嫌悪を繰り返してきたという人が多いことに気づきます。

自己嫌悪に陥ってしまうことが多い人は、もしかしたら、そういう潜在的な力のようなもの、自分を大きく成長させる力のある人なのかも知れません。

自己嫌悪というものは、自分を成長させるためには必要なものだと思うのです。

自分が嫌になるから、もっと大きくなろう、もっと成長しようと思えるものだし、自己嫌悪に陥るからこそ、次はもっとこう言えたらいいな、次はもっとこうできたらいいなと思えたりします。

勿論、自己嫌悪に陥っている時は辛いけれど、だけど、その気持ちが次の新しい自分、今よりも成長した自分につながっていたりする。

自己嫌悪というものはきっと、自分を大きく成長させるためには必要なものなのだと思います。

後悔が止まらない時は、止めなくていい

自己嫌悪に陥った時は、後悔が押し寄せてきたりするかも知れません。

「何であんな風に言ってしまったのだろう」とか、「何であの時、もっと考えて行動しなかったのだろう」とか。

そんな風に考えていくと、後悔が止まらなくて、すごく苦しくなってしまうことがあります。

そんな時、どうにかして後悔を止めたいと思うのですが、そう思えば思うほど、後悔と自己嫌悪から抜け出せなくなっていったりして。

そんな風にして後悔が止まらなくて、苦しくなった時は、むしろ「後悔してもいい」と思ってみると、不思議とその後悔の気持ちから楽になれることがあります。

後悔というのは辛いものだけど、それは、意味があってやってくるものだと思うんですね。

そして、後悔が止まらないのは、心がまだその後悔することの中から何かを学ぼうとしているから、なのだと思います。

だから、後悔が止まらない時は、止めなくてもいい時、後悔してもいい時なのだと思います。

そして、不思議と「後悔してもいい」と思ってみた時、心が少し楽になれたりします。

今、後悔している時は辛いけど、だけど、そんな時の自分は急速に成長しているんだと思います。

だから、後悔することも悪いことばかりじゃないと思います。

その出来事だけで自分を判断しない

自己嫌悪に陥ってしまう時、その殆どが結果だけを見ていて、そのある特定の結果から自分を責めていたり、自分を情けなく思っていたりすると思うんです。

何かがうまくできなかったとか、何か失敗をしてしまったとか。

そういった結果を見て、そして、自分を責めていたりします。

ただ、本当はそこには過程もあったはずだと思うんですね。

例えば、うまくできなかったということに対しても、結果はそうだったかも知れないけれど、そこには過程もあったはず。

例えば、そのために一生懸命努力していたのかも知れないし、色々なことに耐えてそれでもやってきた自分もいたかも知れない。

そこには過程があって、そして、結果は自分でも評価できないと思っても、その過程の部分は評価できること、よかったと思えることがあるかも知れないわけです。

結果は悪かったかも知れないけど、例えば、そこに向かって一生懸命努力したことも、色々なことに耐えてきたことも、それは評価できることかも知れない。

例えば、友達に言い過ぎてしまった自分を後悔したりして、自己嫌悪に陥ってしまったとします。

その時も、言い過ぎてしまったという結果だけを見れば、それは場合によっては間違っていたのかも知れないけど、でもその前に何らかの過程があったはずだと思うんですね。

言い過ぎてしまうような何か、事情があったのかも知れないわけです。

言い過ぎてしまったことは悪かったかも知れないけど、その結果を責めるのであれば、そこにあったはずの事情にも目を向ける必要があると思います。

人はつい、結果だけで何かを判断したくなるものですが、ただ、そこにはもう1つ、過程というものがあるわけで、自己嫌悪に陥った時、自分を責めたくなった時は、その過程というものにも目を向けてみてもいいかも知れません。

例えば、こんな自分に後悔して、自己嫌悪に陥ったら

例えば、任せられた仕事をうまくやることができず、そんな自分に後悔してしまって、自己嫌悪に陥ってしまった時はどうしたらいいでしょうか・・?

こんな時、その仕事をうまくやることができなかった「自分の力のなさ」が嫌になっていることが多いかも知れません。

ただ、本当にその力がない人は、後悔なんてしないと思うんですね。

すごく極端な例を出すと、例えば、僕が大きな市民マラソン大会に出て優勝できなかったからといって、自己嫌悪に陥ったりはしないわけです。

それは僕に市民マラソン大会で優勝する力がないことがわかっているから。

ただ、これがもし、優勝候補と言われていた人で、それなのに全く結果が出なかったとしたら・・その人は自己嫌悪に陥ってしまうかも知れません。

任せられた仕事をうまくやることができなかった自分に後悔して、自己嫌悪に陥ったら・・という話に戻りますが・・

そんな時は「自分の力のなさ」に後悔したり、それが理由で自己嫌悪に陥ったりすることがあるかも知れません。

だけど、うまくいかなかったのは、自分に力がなかったからではないかも知れません。

そうではなくて、自分に力があるのに、色々な事情があって、その力を思うように発揮することができなかったから・・なのかも。

後悔して自己嫌悪に陥るというのは、ある意味、その何かに対して自分にはそれができるだけの力がある(あった)という証拠なのかも知れません。

もっとも、そうは言っても、うまくできなかったという事実は変えることはできないわけですが、ただ、力がなかったのではなく、その力を発揮できなかったことに対しての後悔なのだと・・そう捉え直してみると、後悔はしても、自己嫌悪に陥って抜け出せなくなる・・ということは減ってゆくかも知れません。

本当にその力のない時は、そのことで後悔したり、その結果、自己嫌悪に陥ることもないと思います。

今度は少し違う例を見てみましょう。

例えば、別れた恋人にもっと優しくしてあげればよかったと思って、そんな(優しくできなかった)自分に後悔して、自己嫌悪に陥ってしまった・・とします。

でも、これは優しさが自分の中になかったことに対する後悔ではなく、優しさはあったのに、その優しさをうまく表現することができなかったことに対する後悔・・なのかも知れません。

優しさがない人は、優しくできなかった・・と後悔することはないと思うんですね。

先ほどの、僕が市民マラソン大会で優勝できなくても、後悔したり、自分が嫌になったりしないのと一緒です。

優しさはあったと思うんですね。あったのに、うまく伝えられなかったから、後悔するのかも知れません。

自己嫌悪に陥った時は、自分を責め続けてしまったりしますが、だけど、優しさがあったのだとしたら、自分をそんなに責める必要はないのかも知れません。

後悔を反省に変えると前向きになれる

自己嫌悪に陥った時は、後悔も同時に押し寄せてくることが多いと思います。

先ほども書かせてもらったように、後悔することには意味があると思うんですね。

だから、後悔が止まらない時は、無理に止めなくてもいい時、後悔してもいい時なんだと思います。

ただ、少しの間そうやって後悔してみたら、今度はその後悔を反省や教訓に変えると、その後悔した出来事が後になって蘇ってきて自分を苦しめる・・ということが少なくなってゆくことがあります。

反省というのは、後悔したことの中から何かを学ぼうとすることだと思うんです。

そうやって、そこから何かを学ぼうとした時、不思議なもので、気持ちは少し前向きになれます。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。