過去の自分と今の自分を比べてしまう。昔のようにできない自分が嫌になる
過去の自分と今の自分を比べてしまって、今の自分が嫌になる。
そんなこともあるかも知れません。
例えば、スポーツなどもそうかも知れません。
昔はもっとできていたのに、今はこんなことさえできないのか・・と思って、嫌になったり、その好きだったはずのスポーツが嫌になってしまったり。
または、過去は仕事がうまくいっていて、経済的にも恵まれていたけど、それに比べて今は・・思って、なんだか情けない気持ちになってしまったり。
今回はそんな時には、どうしたらいいか?どうしたら、今の自分を受け入れて、前に進むことができるか?ということについて見てゆきたいと思います。
引き算と足し算
大人になって年齢を重ねてゆく中で、過去の自分と今の自分とを比べて、嫌になったりすることがあるかも知れません。
当たり前にできていたはずのことが、何だかうまくできなくなってしまって、嫌になってしまったり。
例えば、学生時代にバレーボールをしていた人がいたとします。
その人が結婚して、子供が生まれた後に、ママさんバレーをはじめたとします。
だけど、この時、同じ状況でもバレーボールが楽しいと感じる人もいれば、つまらなくなってやめてしまう人もいるかも知れません。
その違いは、何でしょうか?
それは、その人によっても違ってくるかも知れませんが、例えば、足そうとするか、引いてしまうかでも感じ方は変わってくるかも知れません。
全盛期の自分と今、ブランクがあって思うようにプレーできない自分を比べてしまうと、引き算をするようなもので、以前はできていたのに、今、思うようにできないことが嫌になってしまうかも、知れません。
だけど、例えば、今の自分の位置、もしくは今の自分のレベルをゼロとして考えて、そこから何を足してゆけるかな・・・と考えてみた時、「あ、今日はトスが先週よりも少しうまく上がった」とか、ちょっとした成長というか上達が嬉しく感じられることがあるかも知れません。
もっとも、年齢を重ねてゆくことでできなくなってゆくこともあると思います。
ただ、そんな時でも、できなくなったことに目を向けることもできるし、まだこれからできることであったり、今、自分にあるものに目を向けることもできる。
もうこんなに失ってしまったと思うこともできるし、ここから何を足してゆこうかなと・・・そう思うこともできる。
そして、恐らく、引き算をして、失ったものに目を向けるよりも、ここから、今の自分から、何を足してゆこうかなと考えた方が、物事を楽しめるのではないかなと、思います。
ディフェンディングチャンピオンではなく、挑戦者に
例えば、過去は仕事がうまくいっていて、経済的にも恵まれていたけど、今は売上も下がってしまったりして、うまくいかなくなった・・そんな自分が情けない。
そう思ってしまった時はどうしたらいいでしょうか?
何かを守ろうとすると怖くなることがあります。
この場合は、過去の成功ということになるでしょうか。守ろうとしているのは。
何かを守ろうとすると、失ってゆくものに意識が向いたりして、不安になったり、怖くなってゆくこともあります。
そんな時は、守ろうとすることをやめて、攻めに転じてみるのも一つの方法かも知れません。
言ってみれば、ディフェンディングチャンピオンの立場を捨てて、挑戦者になるのです。
失ってゆくものを思うと怖くなることがあります。
ただ、挑戦者の立場になって、自分が今、これから新たにできることを考えると、不思議と怖さが薄れてゆくことがあります。
それは、今からできることを考えることで、得るということに意識が向くから、何かを得るんだという気持ちになれるから、かも知れません。
勿論、これは仕事でもなんでもそうかも知れませんが、守らなければならない時もあると思うのです。
ただ、守ろうとし過ぎて怖くなったり、不安になった時は、攻めるべき時なのかも知れません。
過去の自分にはできなくて、今の自分だからできること
先ほども書かせていただきましたが、年齢を重ねてゆくことでできなくなってゆくこともあるかも知れません。
ただ、できるようになってゆくものもあるかも知れない。
できなくなってしまったものを見ると、どうしても、悲観的になってしまいます。
だけど、「今の自分だからこそ、できることはないか?」と探してみると、感じ方はぐっと変わってくることがあります。
過去の自分にはできなくて、今の自分だからこそできることを探してみること。
それもまた、過去の自分と今の自分を比べて嫌になってしまった時に(前向きな気持ちになるために)できることの1つかなと思います。
過去の記憶に惑わされないように
過去のうまくいっていた記憶に苦しめられてしまうこともあるかも知れません。
色々なことがうまくいっていた過去に比べて、今の自分は情けない・・と。
ただ、人の脳は物事を正確には記憶しないようです。
例えば、過去はうまくいっていた、いいことばかりだったと思ったとしても、本当は過去にもうまくいかない時や苦しい時はあったかも知れないし、今の方がうまくできていることも中にはあるかも知れません。
過去のうまくいっていた記憶というのは、時に強調されていることがあります。
だから、そこに惑わされないようにしなければならない時もあるかも、知れません。
過去の自分に戻るのではなく、新しい自分を目指して
本当は、何もマイナスなことが起こらない人生であればいいのかも知れません。
ただ、実際には、誰も無傷では生きられなくて、生きていると、色々なところに、体や心に傷を負ってしまうこともあります。
そして、そんなことが原因で以前の自分のように振る舞えなくなってしまうこともあるかも知れません。
また、先ほどのスポーツの話のように、体も少しづつ衰えてゆくもので、そのためにできなくなってゆくこともあるかも知れません。
そんな時、過去の自分を思って、今の自分が情けなくなったり、今の自分がみじめに思えてくることもあるかも知れませんが・・ただ、そんな時は、昔の自分に戻ろうとするのではなくて、新しい自分を目指してみるのも一つの考え方かなと思います。
今の自分だからこそ、目指せる何かがあるかも知れません。
何か傷を負ってしまっても、その傷があるからこそ、できることがあるかも知れない。
過去の自分には戻れなくても、新しい自分になれないとは限らないと思うのです。
過去の自分に戻ろうとすることは、マイナスからのスタートになります。
失ったものを取り返そうとすることは、得ているという感覚が得られなくて、だから、うまくいっていても、何故かそんなに喜べなかったりします。
新しい自分を目指すことは、ゼロからのスタートです。
冒頭で書かせていただいたことと一緒で、ゼロから何かを足してゆくことになります。
スタートがゼロなので、ちょっと何かができるようになったり、少し何かがうまくいった時に、得ている、または成長している、前に進んでいる・・そう思えて、嬉しい気持ちになれることもあります。
もっとも、過去の栄光・・というようなものがあれば、それを一旦置いておいて、ゼロからスタートすることは難しいかも知れませんが・・
ただ、人は、成長すること、進化すること、前に進むこと、または上達するといったことに喜びを感じるようにできているようです。
そして、例えば、どれだけ上達したかということは、喜びの有無にはあまり関係がないようです。
つまり、大きく前に進むこと、成長することに喜びも感じるけど、ちょっと前に進むことでも喜びは湧き上がってくる。
人の脳はどうもそんな風にできているようです。
そんな脳の仕組みを利用してみてもいいかも知れません。過去の自分に戻ろうとすることをやめて、新しい自分を目指したいと思った時には。