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自意識過剰な自分を変えるには?

今回は、自意識過剰な自分を変えるには?というタイトルで記事を書かせていただきたいと思います。

どうしても人が気になることってあります。

僕はそれはある程度は仕方のないことだと思うんです。

ただ、それがちょっとだけ行き過ぎてしまうと苦しくなることがあるかも知れません。

人は誰でもある程度は自分のことを意識するものです。

いや、そうしなければ、社会生活はうまく送ることができません。

自分は他人にどう見えるだろうか・・・ということもある程度は意識しなくては身だしなみを整えることもできず、社会人としてはやってゆけないと思います。

だから、まずは自分を意識するということは、ある程度は自分に必要なものなんだと思うことが大切なんだと思うんです。

あるがままに

人はどうしても、不安や恐れというものを持っているものです。人にどう思われるだろうか?ということも1つの不安や恐れです。

しかし、その不安や恐れというものは、そこから逃げようと思えば思うほど怖くなったり、不安になってゆくものだと思うんです。

人にどう思われるだろうか?

そう思って不安になったり、緊張したりすることそのものを否定してしまって、そこから逃げようとすると、どんどん不安になるし、したいこともその不安から逃げるためにできなくなってゆくものだと思います。

しかし、人はその一方で自分がこうしたい・・・という欲望も持っているものだと思います。

自意識過剰になってしまう方は、よりよく生きたいという気持ちが強いのかも・・・知れません。

でも怖いから逃げてしまう・・・ということもあるかも知れません。

ただ、そういった不安や恐れというものは誰の中にもあるものです。自意識過剰になってそれが原因で自分がしたいこともできない・・・そんな時は、その不安や恐れを排除してしまおうとしているのかも知れません。

でもそれができないからやりたいこともできなくなってしまう。

じゃあ、やりたいことをやるにはどうしたらいいか・・?というと、それは、自分の中にあるどう思われるかな?という不安や恐れというものがあるのは当たり前のこととして「あるがままに」受け入れてしまうこと・・・だと思うんです。

その不安を「あるがまま」に受け入れて、それはそのままにしておいて、それよりも自分がやりたいことに目を向けることだと思うんです。

つまり、自分の中にある「不安から逃げたい」という欲と「自分がやりたいことをやりたい、よりよく生きたい」という欲が2つあるのであれば、「不安から逃げたい」という欲はそのままにしておいて、「よりよく生きたい」という欲の方を実現する・・・それが1つの方法だと思うんですね。

この「あるがまま」という考え方は実は森田療法という心理療法の中で核となっている考え方です(森田療法についてはおすすめの本に岩井先生という方が書かれた本を掲載しております)。

森田療法はもともとは対人恐怖症の治療に使われるものですが、不安や恐れに対してもとても効果があるのかな・・・と僕は思っています。

自意識過剰の適度な自意識は残しつつ(それは誰もが持っているものですし、むしろ適度な自意識はなくてはならないものですから)、それはそのままにしておいて、自分がしたいことに目を向ける・・・それが1つの方法じゃないかなと思います。

「人のことを考える、人の気持ちを考える」・・・がうまくいかない時

自意識過剰の自分を変えるために、人のことを考えよう、人の気持ちを考えよう・・・そう思うことはとてもよい方法だと思います。

でも、それが何だかうまくいかない時ってあるかも知れません。

例えば、人を喜ばせたい・・・という気持ち。とても素晴らしいことだと思うんですね。ただ、(自分が)人を喜ばせたい・・・という気持ちが入ってくると、人が喜んでくれなかった時に、なんだかがっかりしてしまう・・。

本当に相手のことを考えるのであれば、人が喜んでいることそのものが嬉しいわけで、それは例えば、自分がその人を喜ばせるかどうかは本当は関係ないわけで。

でも人のことを考える、人の気持ちを考えることってとっても大切なことだとは思うんです。

それがうまくいかないのは、きっと自分の立場で相手のことを考えているから・・・ではないかな・・・と。

だとしたら、自分の立場じゃなくて、相手の立場で相手のことを考えたり、相手の気持ちを考えたりしてみてもいいのかも知れません。

どう思われているんだろう・・・と不安になった自分に気づいたら、すぐさま、相手の立場になって自分を見てみてもいいのかも知れません。

自分が相手の立場だったら、どう思うだろうか?何を求めるだろうか?何を考えているのだろうか?と。

相手も相手で自分のことを考えていたりするものかも知れません。

やっぱり人はどうしても主観的になるものですし、自分のことがまず大事なので。そうやって考えていると、「みんな同じなんだ」って思うわけです。

相手を自分だと思って、見たり接したりする・・・そういうことを繰り返す中で、少しづつ自意識過剰の「過剰」の部分が薄れてゆくのかも知れません。

今日は記事をお読みくださって、ありがとうございました。
感謝。